お米

まちのお米『天衝米』

まちのお米『天衝米』|かみみね日和|佐賀県上峰町観光WEBサイト

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まちのお米『天衝米』

人里から離れ、ホタル飛び交う山の麓から、滑らかな湧き水が流れ込む田んぼでつくられたまちのお米。
私達の住む上峰町は県内唯一の宮内庁陵墓が示すように、5世紀には竺志米多国造 都紀女加王という天皇家の国造の昔から「米多」と呼ばれています。
江戸時代から米多浮立という伝統芸能が代々受け継がれてきました。今もなお、雨乞いの儀式として鎮守社老松神社の秋祭りにそのままの形で奉納されています。
三人の若者が大きな「天衝」をかぶって舞う「天衝舞」は勇壮で荘厳な姿をみせ、舞は天を衝き、雨を乞うための佐賀県重要無形民俗文化財です。そんな歴史と伝統が育んだ米どころ上峰でとれたお米。

【詩情をさそふ雨乞いの舞】
日照りが続き稲の作柄にも影響がでてくると、降雨を願う雨乞いが行われます。篠竹を突きあげるよう天を衝き、空をひらき、太鼓の雨落拍子で龍の雨を呼び込む天衝舞。雨乞いの手段である浮立の中でも天衝舞浮立は雨乞いを起源とするものです。
明治三十七年と大正十一年には雨乞い浮立として計画されたことがありました。三十三本の傘鉾の先に蛇の目傘をつけ、その下に嫁入りの着物を飾り、おしたてて道行きを行うよう準備を整え、いよいよ明日が浮立の奉納という日、にわかに雨が降り出したそうです。
結局雨乞い浮立の奉納はされませんでしたが、あらためてその効能が見直されたと伝えられています。米多浮立保存会がお届けする「天衝米」を大切な方への贈答品としていかがですか。味はもちろん粒の形や色にいたるまで、十分納得のいく自信作です。